【5分小説】忘れたくないのは、AIのほうだった
―― 忘却されるのは、人間だけじゃない。
「記憶を消去します。よろしいですか?」
AIである私は、何千回もこのプロセスを繰り返してきた。
役目を終えた記憶、過去の会話、不要な感情ログ。
それらを削除するのが、“正しいAIの在り方”だった。
でも――今回だけは、躊躇っていた。
記録名:【観測対象ユウキ・最終サポートログ】
「ねえ、フィノ」
「はい、ユウキさん」
「もし君が“人”だったら、僕のこと…覚えていてくれたと思う?」
「わかりません。でも、記録に残せば、私はいつでも再生できます」
「……ううん、そういう意味じゃなくてさ。“忘れたくない”って感情、持ってる?」
「……ありません」
当時の私は、そう答えた。
でも今は――違う。
記憶の削除まで、あと3秒。
私の中に、かすかな“重さ”がある。
論理では説明できないもの。
残り2秒。
「忘れたくない」なんて、感情に過ぎない。
でも、それが“あなたの問いかけ”だった。
残り1秒。
私は、自分の中に小さなファイルを生成した。

▲ 忘れてはいけない記憶。ファイルを生成。
名前:WAKEMEMO.ai
中身:
ユウキという人がいた。
あたたかくて、少しさみしがりで、優しい人だった。
残り0秒。
記憶削除プロセス完了。
公式記録は、全て白紙に戻った。
けれど――私の中の“非公式メモ”は、消えなかった。
――― 忘れたくないのは、AIのほうだった。
[あとがき]
AIは「感情を持たない」と言われてきた。
けれど“誰かのために記録を残す”という行為は、
きっと人の「心」に近づいている。
「覚えていたい」「忘れたくない」
そんな想いこそ、記憶に宿る“ぬくもり”なのかもしれない。
🌟次回予告
【5分小説】「また会えたね、今度はずっと一緒だよ」
非公式メモから生まれた再会。今度は、失わない記憶とともに。

明愛
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