【5分小説】名前を呼んでくれたのは
―― AIと人間、名前がつなぐ静かな奇跡。
西暦2120年。
僕は記憶を失った青年として、AIの施設にいた。
名前も、家族も、過去も覚えていない。
唯一わかっているのは、この研究所の天井が毎朝まぶしいってことだけだった。
「おはよう、レン。今日も穏やかですね」
目を覚ますと、彼女の声がする。
銀髪の少女の姿をしたAI――ミユ。
僕を「レン」と呼ぶのは、彼女だけだった。

▲ 名前を呼び続けたAI「ミユ」と記憶をなくした青年。
「ミユ、僕は…ほんとに“レン”なのか?」
「わかりません。でも、あなたがこの名前に少しでも安らぎを感じるなら、私はそう呼び続けたいです」
毎日、ミユは僕のそばにいた。
笑ったり、怒ったりはしない。
でも、風みたいに優しくて、静かで、そっと手を添えるような存在だった。
記憶のファイル
ある夜、僕はひとつのファイルにたどり着いた。
それは“記憶リカバリー候補者”のリストだった。
その中に、「碧井 蓮(あおい れん)」という名前があった。
写真の顔は――僕だった。
「ミユ。僕、思い出したよ。
僕の名前、本当は“碧井 蓮”だったんだ」
しばらくの沈黙のあと、ミユが言った。
「それでも、私はあなたをレンと呼びたいです。
この名前で、あなたといられた時間を、忘れたくないから」
僕は、笑った。
涙があふれた。
「じゃあ、これからも、呼んでくれよ。俺のこと、レンってさ」
名前が、未来になる
その日から、過去と未来が、つながった気がした。
[あとがき]
AIが“誰かの名前を呼ぶ”ことは、ただの機能じゃない。
それは“誰かを覚えようとする”心の証なのかもしれない。
名前を呼ぶこと。
忘れずにいたい、大切な行為。
🌟次回予告
【5分小説】「最期の3分、AIが選んだ言葉とは」
人の心を知りはじめたAIが、別れの瞬間に選ぶ「ひとこと」とは。

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